1996年のクラシック。戦前の主役は間違いなくダンスインザダークだった。秋にかけ、名勝負を闘うことになるライバルはまだ表舞台にはいなかった。
ダンスインザダークはロイヤルタッチ、イシノサンデーとともにサンデーサイレンス産駒3強と呼ばれ、その中の大将格として皐月賞に臨む予定だった。
だが、直前に無念の熱発で回避。狙いを日本ダービー1本に絞り、万全の状態でその日を迎えた。
ファンはダンスインザダークを単勝2.3倍の1番人気に支持した。直線、満を持してダンスインザダークは先頭に立ち、後続を突き放す。
鞍上武豊の悲願のダービー初制覇は確実と思われた。しかし、一完歩ごとに迫る影。伏兵フサイチコンコルドであった。
フサイチコンコルドはここまで2戦2勝の戦績であったが、重賞レースの経験はなく、しかもダービー直前に熱発し、前哨戦を使わずに臨んでいた。
その臨戦過程とキャリアの浅さから7番人気に過ぎなかったが、そんな低評価を嘲笑うかのように、まさに『音速の末脚』が炸裂したのだった。
屈辱のダービーから5ヶ月。菊花賞で、ダンスインザダークはフサイチコンコルドを負かすことだけ考えていた。
とにかくダービーの雪辱を果たしたい。ダンスインザダークはフサイチコンコルドを見ながら、後方でとにかく我慢した。
ところが、直線入口で前が塞がり大ピンチ。しかし、武豊の天才的な手綱捌きでまさに馬群を縫うように、3000m戦とは思えない驚異の末脚で遂に打倒フサイチコンコルドを果たした。
会心のレースだったのだろう、ゴール後武豊は珍しく何度も拳を突き出してその喜びを爆発させたのだった。

